なぜ、禁煙は難しいのか?禁煙を難しくさせる「考え方のクセ」について、「行動経済学」的観点から考える。

人間はそもそも合理的に意思決定できない

タバコのパッケージには喫煙の健康リスクについて必ず書かれているので、体には悪いことは喫煙者全員が知っているはずだと思います。

「健康なんてどうでもいい。タバコをたくさん吸って早く死にたい!」と自暴自棄になっている人を除けば、健康のことやタバコに費やす費用などのデメリットを考えると、タバコを今すぐに止めることが最も合理的な判断です。

にもかかわらず、タバコを吸っていても特に問題はないと思ってしまう、タバコを止める気にならない、止めた方がいいと分かっているけど・・・と、ついついタバコを吸ってしまうのはなぜでしょうか?

それはもちろんタバコの依存性(大麻や覚せい剤よりも依存性が強い!)の問題もありますが、実は人間に共通した、考え方や行動の「クセ」によるものかもしれません。

そもそも人間はほとんどの思考や意思決定を、冷静に合理的に考えるよりも、無意識のうちに直感的にしています。直感的に判断した行動は合理的に考えられた行動とはズレていることが多いのです。そのような考え方の偏りや意思決定の不合理さ、を「バイアス」といいます。人間は「バイアス」に支配されて、行動しているとも言えます。

「わかっちゃいるけど、やめられない」と思うのはとても人間的です。それがあるから人間は面白く、人生は豊かになるものだとも思います。

しかしながら、喫煙による健康への悪影響はとても大きいので、タバコについてはなるべく「バイアス」の影響を受けずに合理的に考えて欲しいな・・・、と内科医としては思います。

この記事では、タバコと禁煙にまつわる「バイアス」について解説したいと思います。

タバコを止めたら逆に体調悪くなるでしょ?

タバコを止めたら余計に調子が悪くなる、と思っている人は結構多いと感じます。

ですが、呼吸器内科医としての立場で日々診察していると、実際には禁煙に成功と体調がよくなり、精神的にも安定する人の方が圧倒的に多いです。

確かにタバコの禁断症状によって一時的に具合が悪くなる(イライラ)ことはありますが、それを乗り越えると、タバコが吸いたくてイライラするストレスはなくなり、咳や痰が減って息が楽になったりします。

では、なぜタバコを止めると体調が悪くなると信じている人が多いのでしょうか?それもやはり、人間の考えかたの「クセ」によるものかもしれません。

人間は、正確で論理的に考えられた情報よりも身近で手に入りやすい情報を直感的に正しいと思ってしまいがちです。これを「利用可能性ヒューリスティック」と言います。(ヒューリスティック=近道による意思決定)

「禁煙してみたけど、逆に体調が悪くなったから止めたわ。」という、友人の言葉を聞いて、「オレも禁煙やめとこう」と思ってしまうケースはとても多いです。

この場合には、「利用可能性ヒューリスティック」という誰しもが持っているクセにより、「禁煙すると体調がよくなりますよ」という専門家の話よりも、「禁煙すると体調が悪くなる」という友人の話の方を無意識に信用してしまう、ということが起きています。

ふと耳にする情報を反射的に正しいと信じ込まずに、本当に正しいのか、あるいは自分にも当てはまることなのか、一度冷静になって考える必要があります。

禁煙する気がおきない・・・

わかってはいるけど、禁煙する気持ちが続かない、いまはする気になれない、仕事をリタイアしたら止めるつもり、という人はとても多いです。

禁煙するためには、タバコを吸えない不快感に打ち勝つ必要があります。なので、禁煙する意志を強くもつということはとても重要です。

しかしながら、人間には「精神的、肉体的に疲れていると意思決定能力が低下する」という特徴があります。

なので、「仕事が忙しくて疲れている」「ストレスが多い」などの状況では、禁煙する気にならないのは仕方がないとも言えます。

そんな時には、いったん禁煙することを忘れましょう。(どのみち失敗する可能性が高いです。)そして禁煙を始めるのは、仕事に余裕ができたとき、気持ちに余裕があるとき、がいいと思います。

また、禁煙を初めてからしばらくは疲れるような行動は控える方がいいと思います。とくに、禁煙中はお酒を飲むことも控えることをおすすめします。お酒に酔うと意志力が落ちてしまいます。飲み会で友人にすすめられてついつい1本吸ってしまう・・・で禁煙に失敗するケースはすごく多いです。

タバコをやめても「いまさら」と思ってしまうのはなぜ?

これまで散々タバコを吸ってきたからいまさら止めてもと思っている人はとても多いと思います。実はこれには、人間特有の思考のクセ「サンクコストバイアス」が関係しています。

「サンクコストバイアス」とは、本当は止めてしまった方がいいのに、いままでに費やしてきたコスト(費用)が「もったいない」と感じてしまってその行動を続けてしまう、という人間のクセです。

しかしながら、冷静に考えると、いままで費やしてきたコストは帰ってくることはありません、時間も取り戻せません。なので、今からすべき行動には、過去どれだけコストをかけたかどうかは関係がないことを悟る必要があります。

いままでタバコにたくさんのお金と時間(と健康)を費やしてきたことはいったん忘れて、これからタバコを止めると出費が減り、健康にもなれるというメリットについて考えるようにしましょう。

ついつい先延ばしにしてしまうのはなぜ?

タバコが健康に悪いのは十分わかっている、いつかは止めようとは思っている。でも今は止めたくないと思う人はとても多いと思います。

冷静に考えると健康のためにとってベストな行動は「今すぐ」にタバコを止めることです。それでも先延ばしにしてしまうことには「現在バイアス」という、人間の心理が関係しています。

「現在バイアス」とは、「遠い未来の利益」よりも「今すぐもらえる利益」の方に価値があると思ってしまいがち、という人間のクセです。

つまり、タバコを止めたら健康になれるとわかっているけどついつい先延ばしにしてしまう人は、「タバコを止めると健康になれる」という利益よりも、「この1本のタバコを吸うとイライラが解消される」という目先の利益を重視してしまいがち、になっている可能性が高いのです。

ダイエット中についつい甘いものを食べてしまうのも同じです。長い目ではダイエットするつもりで甘いものは止めようと思ってはいるけれども、目の前のアイスを食べてしまうのも、「現在バイアス」による行動です。

結果にコミット!

「現在バイアス」を克服して、禁煙を達成するために有効な方法は、「コミットメント=宣言・約束」を利用するのが有効です。

例えば、「禁煙できなかったらお小遣いを減らします!」と妻に約束したとします。(他人から設定されるのではなく、自分で設定することが大切です。)そうすると「タバコを吸うと気分がいい」というメリットが、「タバコを吸うとお小遣いが減る」というデメリットによって相殺されます。

そうすることで、自然と「タバコを止めると健康になれる」という未来の大きなメリットに目を向けられるようになります。

禁煙することを家族や周りの人に宣言する、というのも有効です。宣言を守らなければならないというプレッシャーだけでも、「現在バイアス」を克服するのに大いに役立ちます。

※ただし、コミットメントを利用する際に注意があります。それは、本人が心からタバコを止めたいと思っていないと、コミットメントは効果が薄い(約束を破ってしまう)ということです。

心から禁煙したいと思って、自発的に決断し、コミットすれば必ず成功できます。

禁煙への障害になっている「バイアス」を認知する。

いかがだったでしょうか?

内科医として日々診療をする中で、タバコを吸っている方とたくさんお話をする機会がありますが、禁煙する上で障害になっているポイントは、人それぞれ違うと感じています。

そもそも禁煙に関心がない人、もう少し先に禁煙しようと思っている人、何度も禁煙にトライしては失敗する人、人それぞれです。

それでもみなさんに共通することは、少なからず何らかの「バイアス」に影響を受けているとのことです。

そして、自分自身の中にある「バイアス」を認識することは必ず禁煙に役立つと私は思います。

この記事が、みなさんの禁煙の成功につながることを心から願っています。